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Verdi/レクイエムのティンパニ [音楽関係の雑記]

友人がヴェルディ「レクイエム」の演奏会に参加します。

http://setagaya-phil.net/

つらつらとこの曲のスコアを眺めていると、ちょっと不思議なことに気がつきました。第1曲、レクイエムの後半、キリエはイ長調ですが、転調を繰り返して嬰ヘ長調でフォルテシモに至り、はじめてティンパニが入ります(スコアはオイレンブルクのものですが、ペータース=Doverも同じでした)。

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ここのティンパニの音が「A」なんですよね。嬰ヘ長調にはどうにもはまりません。第1曲はイ短調-イ長調なのでティンパニがA-Eなのは普通ですが、なにもここで無理にAを出す必要はないように思われます。ディエス・イレにはG-A-Bb-Dの4音が連続して出てくるところがあるので、ペダル・ティンパニを使わなければ4台のティンパニが必要だからです。

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ヴェルディが活躍した19世紀後半は、ちょうどティンパニが発達してきたころで、主音・属音の2台が主流だった時代から、多数の楽器を使ったり、曲の途中でチューニングを変えたりという用法が広まってきた時代に移って行く途上でした。19世紀末には音替えの容易なチェーン・ティンパニやペダル・ティンパニが一般的になり、例えばリヒャルト・シュトラウス、マーラーやプッチーニなどは多数の楽器を配置し頻繁に音を変えることを要求しています。

しかし、もう少し時代を遡ったヴェルディの壮年期の作品では、そう多くの音替えを要求していません。そのため、転調に間に合わず、全体で鳴っている和音の主音でも属音でもない音や、時には和音に含まれない音が代用されている場合が見受けられます。

とはいえ、この作品では上記のような「近代的な」パッセージがあり、直前に書かれた「アイーダ」でもティンパニは最低3台、音替えが遅ければ4台必要な部分が出てきますから、和音に合わせてチューニングを変えることが可能なはずで、何も「A」を鳴らす必然性は無いように思うのですが…。

単純に、印刷するとき「#」が落ちた、という見方も出来ないことはないと思います。「アイーダ」の最後の最後は変ト長調の和音で終わるのですが、ここのティンパニは「G」と表記されているのです(リコルディの旧版=Dover)。これは、たぶん「♭(フラット)」を落としたのだと思われます。古いスコアにはこのくらいの間違いはいくらでもあるので、いちいち目くじらをたてていてもしょうがないのかもしれませんが、うえの画像のようにしっかり「E-A」と書いてあるので、ここは明らかに「A」が意図されている、ということなんですよね。不思議です。

いくつか聴いた録音では、「A」と「F#」と両方ありました。さーっと聞き流してしまう分には、ティンパニが「とどろいている」だけなのであまり気になりません(今まで、録音でなら何十回と聴いてきましたが、恥ずかしながら全然気がつきませんでした)が、気にして聴くと、やはり「A」はいごごち悪いです。


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