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Mahler/Sym10 [交響曲(マーラー)]

本日はマーラーの第10番を、クルシェネク編曲版(らしい)の録音でご紹介します。現役盤はこれだけのようです。

マーラー:交響曲第10番より

マーラー:交響曲第10番より

  • アーティスト: セル(ジョージ), クリーヴランド管弦楽団, マーラー, ウォルトン, ストラヴィンスキー
  • 出版社/メーカー: ソニーミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 2000/08/23
  • メディア: CD

上のリンク先(アマゾン)の解説には「…第10番は、完成作が残された第1楽章と、フレデリック・クックの補筆による第2楽章の演奏…」(斜体化は私)と書かれています。第1楽章を「完成作」と呼ぶかどうかは議論の余地のあるところですが、あとの2点は明らかに間違いですね。アマゾンはときどきこういうポカがあります。

LP時代は、有名な第6番のライヴとカップリングされていたもので、1958年のステレオ録音です。最大の特徴は、第1楽章(アダージョ)だけでなく第3楽章(プルガトリオ)も最後までオーケストレイションされていること。たぶん1972年に再発されたと思われるLPのジャケット解説には「(第3楽章補筆版の)詳しいことはわからない」とされています。ワルターなど往年の指揮者は「アダージョ」に対してすら興味を示さなかったようですし、録音当時はまだ、アダージョを含めても第10番に対する認識は低かったのでしょう。クック版は少なくとも、世の中には公開されていませんでした(クックが演奏に向けて作業を始めたのは59年、アルマが初めてクック版がBBCで放送されたことを聞いて再放送や演奏を禁じたのが60年、録音を聴いて一転、演奏を許可したのは63年)。

さらに編曲がなされた1920年代にさかのぼると、クルシェネクは1900年生まれですから、編曲した当時はまだ20代前半でした。このような大役を引き受けたのは、マーラーの次女アンナと結婚した(1923~25年)ことも関係しているでしょうし、まだ自分の作曲スタイルを確立しておらず、自分とマーラーのスタイルの違いに苦しむ必要がなかったからというのもあると思います。

クルシェネク版の初演は1924年ですが出版は51年(マーラーの自筆稿は1000部限定で24年に出版されています)、その間、初演者フランツ・シャルク(ブルックナーの改訂で有名な人ですね)やツェムリンスキー等の手が入ったり、ベルクが訂正しようとしたのに無視されたりと、いろいろあったようです。また40年代(第2次大戦前後)にはショスタコーヴィッチやシェーンベルクにも編曲が依頼されますが、いずれも断られました。この辺の高名な作曲家には、「自分を殺してマーラーを生かす」ことは到底出来なかったのでしょう。

この録音ののち、マーラーの残した第1楽章の手稿をほぼそのまま出版したマーラー協会版が64年に、さらにクック5楽章版が76年、クックの死の直前に刊行され、クルシェネク版は忘れられていったようです。最後の録音は70年、CBS時代のブーレーズが行っています(これもめっぽう早い演奏です)。

金子建志氏の著作等に拠れば、クルシェネク版の第1楽章はほぼマーラーの手稿どおりで、協会版とは、ごく一部の音の違いでしか聞き分けられないようです。よく引き合いに出される135小節(自筆稿ではフルートのユニゾンとトロンボーンと弦しかないところ)も協会版と同様です。

第1楽章はよいとして、なぜその次は第2でなく第3楽章か?ご存知のように、マーラーが残したフルスコアは、第3楽章の第30小節で終わっていて(クック版のスコアを見ながら聴いていると、ここで太い線で断層が走っていてびっくりします)、それ以後はパーティセルと呼ばれる4段譜のスケッチしか残っていません。しかし実は、第2楽章のオーケストレイションは第1楽章や、そして第3楽章(パーティセルから楽器が想像できる)よりも進んでいないのです。また当時はパーティセルの欠落(60年代にアンナとマーラー研究家のアンナ・マーラー と アンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュにより発見される)があり、第2、4楽章はスケッチ(スコアとパーティセル)だけに基づいて楽章を通せる状態ではありませんでした。

それにくらべて第3楽章は完成部分で基本的な楽器編成がわかり、曲の構造も比較的単純(A-B-A'-コーダ)なので、第2楽章よりは完成しやすかったのだと思われます。第3楽章は楽器指定も含めてパーティセルが充実しているのでコーダの処理もクック版と大きな違いはありません。

さて、アルマはなぜクルシェネクに第1、3楽章の編曲を許し、多くの作曲家にオーケストレイションを頼んでは断られていたのに、クック版をあれほど拒んだのでしょう?それは、自分の認めた(高名な)作曲家にマーラーの作品を完成してほしかったから=自分のあずかり知らないところで、どこの馬の骨ともわからないイギリスの一音楽学者のやったことなど許せなかったからではないでしょうか。

しかしアルマも録音を耳にして、そこに間違いなく「マーラーの音楽」を聴いて、心を開いたのではないかと思います。何しろ、死の直前、アルマとグロピウスの浮気が発覚しても「おまえのために生き!おまえのために死ぬ!」と、マーラーが自筆譜に書いている、その音楽(第5楽章)が聞こえてくるのですから。

彼女のマーラーに関する著述の信憑性もいろいろ取りざたされていますし、かなり感情の赴くままに発言したり行動したりするところがあったのかもしれません。マーラーの死後半世紀以上たって、彼の晩年の想いを音として耳にしたときの心境はいかばかりだったでしょうか。

さて、いっぱい寄り道してしまいましたが(^^;)セルの第1楽章はテンポ感がはっきりして、非常に明快な演奏です(時間も22分台と早い)。「大地の歌」や第9番の耽溺する音楽より、第2番あたりの音楽に近いような感じを抱いてしまいます。テンシュテットとかとは全く別の音楽に聞こえてしまいますが、マーラーの書いたものをそのままきちんと音にする、という意図には忠実なのかもしれません。弦楽器の音色がとても怜悧に聞こえます。研ぎ澄まされた、という表現が似合う録音だと思います。

第3楽章も軽快。ひとつひとつのフレーズに表情をつける演奏もありますが、セルの演奏は求心力が強く、個々のパッセージの自己主張はあまり感じられないものの、全体として精緻なアンサンブルになっています。神曲からとった「煉獄あるいは地獄」という題からうかがい知れるように、マーラーは自身の心の闇をアイロニカルに表そうとした楽章ではないでしょうか。

おまけに冒頭の伴奏形は、母親が麦を刈って、打って、パンを焼いているうちに餓死してしまう子供を歌った「この世の生活(子供の魔法の角笛)」の引用です。あからさまにデモーニッシュな表情をつけるより、セルのようにあっさりとした捉え方をする方が、この楽章の怖さには似合いますね。

セルの新古典主義的な乾いた演奏は、どちらかといえばロマン的な強烈な個性を示す演奏が好まれる昨今、あまりはやらないのかもしれません。ともすれば「冷徹」「豊かでない」「正確なだけ」といった評を得がちですが、ひとつの立派な行き方で、「完璧なアンサンブルの構築」という観点から彼以上の仕事をした(できた)人はそうそういないのではないでしょうか。ある意味で主観を廃した、純音楽的なアプローチも、マーラーなら、特に後期の曲だとアリだと思いますが、いかが。


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コメント 8

林 侘助。

全面賛成。
http://kechikechiclassi.client.jp/mahler10szell.htm
by 林 侘助。 (2005-08-08 10:20) 

stbh

林 侘助。さん、ご来訪ありがとうございます。リンクを張っていただいたこの録音に関するページをはじめ、いくつか拝見し、硬派でストレートな論調を心地よく読ませていただきました。私も廉価版中心の人生を歩んできています。今後ともよろしくお願いします。
by stbh (2005-08-13 21:17) 

サンフランシスコ人

「録音当時はまだ、アダージョを含めても第10番に対する認識は低かったのでしょう。」

2009年マーラーを録音し続けるアメリカのオーケストラは、サンフランシスコ響だけでしょう。

by サンフランシスコ人 (2009-05-07 04:29) 

stbh

> サンフランシスコ人さん

そのプロジェクトも、いよいよ大詰めが近付いていますね。そういえば、東海岸のオケの新録音はめっきり少なくなりました。
by stbh (2009-05-17 17:37) 

サンフランシスコ人

東海岸のオケは、サンフランシスコに来なくなりました。

by サンフランシスコ人 (2009-05-18 04:21) 

stbh

アメリカのオケはドネーションによるところも大きいですから、大変なのでしょうね。
by stbh (2009-05-23 13:25) 

サンフランシスコ人

サンフランシスコ市は、毎年サンフランシスコ響に2億円近くも「お小遣い」をあげています。
by サンフランシスコ人 (2009-05-29 06:57) 

stbh

日本で(補助金打ち切りで)話題になったこの楽団http://mic.e-osaka.ne.jp/century/でも、昨年度までは約4億円の助成を受けていたそうです。個人・企業からの献金の規模はアメリカのほうが大きそうな気がします。
by stbh (2009-06-06 11:21) 

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