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Ravel/PianoConcertos [協奏曲]

台風一過、本格的な夏の到来でしょうか。私の勤務先もご多分に漏れず「クール・ビズ」で、最近ネクタイをする機会が減っています。「クール・ビズ」は、もちろんcoolとbusinessからの造語ですが、日本語(漢字)だったら何というのだろう?「冷仕事(ひやしごと)」だと、仕事で冷や汗をかいているみたいで、それだったら夏に限りません(爆)。「涼業(りょうぎょう、だとちょっといいにくいですか。なら、すずわざ?)」あたりが字面は熟語っぽくってよいかな。氷の柱をしょって、風を送って売り歩いている人みたいですけどね。涼しい風は、いらんかね~(しょってる自分が一番涼しいのだが)

さて、ラヴェル晩年の傑作、2曲のピアノ協奏曲。「左手」は特に好きなピアノ協奏曲のひとつです。例によって昔のテープから、今回はレコードのダビングでした。この録音、いまはもう市場に無いようです。

ラヴェル:左手のための協奏曲、ピアノ協奏曲ト長調
ピアノ:アリシア・デ・ラローチャ
指揮:ローレンス・フィッシャー
オーケストラ:ロンドンフィル
録音:エイヴリー・フィッシャー・ホール、1973年6月(左手)、5月(ト長調)

ラローチャの録音は、スラトキン/セントルイス響と組んだ91年の録音がありますが、これもアマゾンでは在庫がないようです(HMVではありました)。ピアノ作品集は「お国(スペイン)物」をはじめとして、モーツァルト、ラヴェルなど現役盤がそこそこあるようです。私はあまりラローチャをまじめに聴いたことがないのでえらそうなことはいえませんが、この録音からは、とても「しなやか」なイメージを受けます。フレキシブルなのに一つ一つの音がクリアーで、決して炸裂しないけれども芯の強さが感じられる演奏をする人だと思います。「ピアノの女王」と呼ばれていたらしいですが、小柄で、人にやさしい人格者だそうです。

「左手のための協奏曲」は、他にプロコフィエフ、ブリテンなど何曲かあるそうですが、たぶんいちばん有名なのではないでしょうか。なお両手を使える人がこの手の曲を弾くときは、演奏会では右手に手袋をして弾くのがならわしのようです。ラヴェルは晩年脳障害に悩み、それが独特の色彩感を生み出したとする論文もあるそうです。たしかに、「さもありなん」と思ってしまいそうなほど独特の楽器法が随所に出てくる曲です。全1楽章、緩-急-緩の三部構成になっています。

冒頭からして、コントラファゴットの丸裸のソロ。ラヴェルは「マ・メール・ロア」の管弦楽版でもコントラファゴットをソロ(野獣…)で使っていますが、協奏曲の、弦の最弱音のもやもやの中で蠢くコントラはいかにも怪しいです。その後、「ボレロ」のリズム・パートを除いたような長大なクレッシェンドを経て、Asus4の和音のクライマックスでピアノ降臨。かっこいー…。カデンツァ風のパッセージのあと、アレグロに向かって、ぐいぐい盛り上がります。

アレグロは6/8、「ズン、チャッ」のリズムがジャズ風に聞こえるから不思議です。これもオーケストレーションの妙でしょうか。クラリネットが束になって(和音で)グリッサンド風に下りてくるところ、トゥッティのfから一転してピアノのアルペジオの上で遊ぶフルートたちなど、意表を突く楽器の組み合わせを連ねて、ピアノが走り回りつつ、緩徐部に戻ります。最後はアレグロを一瞬回帰して、「ズン、チャッ」で急転直下(ちょっと「ボレロ」似)。

素人には両手で弾いても難しい曲です。ほんとに5本しか指を使ってないの?委嘱したヴィトゲンシュタインも、弾けなくてけっこうはしょって弾いて、それがまたラヴェルの癇に障ったようです。テクニックだけでなくオーケストラとのからみが非常に多くて複雑な曲ですので、アンサンブルの感覚も高度なものが必要だと思います。

今からン十年前、大学オケに在籍時、卒業生がコンチェルトを弾く(オケはほぼ初見)イベントを毎年やっていました(別に公開するわけではなく、練習場でやるだけなのですが)。そこで、これを弾いた先輩がいるのですよ…(@_@) その人、いったん普通の会社に就職しましたが、結局音楽を生業にしているようです。ちょっと安心、だって、文字通り「プロ顔負け」のウデと音楽性を持っていましたからね。

その先輩が次の年、ファゴットの人に頼まれて弾いたのがもう1曲の「ト長調」。これも十分(@_@)(びっくり)な曲で、ファゴットをはじめ、木管楽器が活躍しまくります。楽章形式こそ伝統的な3楽章、急-緩-急ですが、ウラ拍からピアノとオーケストラで同時に始まったり、第2楽章はずっとピアノソロだったり、こちらも独特の構成が随所に見られます。

「左手」同様、この曲も全体にアンサンブルが緊密ですが、アルペジオやリズムをピアノ、長音をオーケストラが受け持つという役割分担がより明確です。ラヴェルはこの曲について「喜遊曲(ディヴェルティスマン)と呼ぼうと思ったが、『協奏曲』自体が喜遊曲の要素を持っているので、『協奏曲』のままにすることにした」といったそうです。確かに「左手」とくらべると、右手=高音部を駆使できる分ピアノが軽やかで、きらめく羽で飛んでいってしまいそうです。

第1楽章冒頭、「ピシッ」というのは「むち」(英語で"whip"、フランス語は"fouet"、ドイツ語は"Holzklapper")ですね。本来、家畜を追ったりするあの皮の「鞭」なのですが、打楽器としては、平らな細長い板を2枚、蝶番で合わせたものを使います*。この曲につかうような大型のものは板に溝や穴がついていて、これをたたき合わせると、ただの木の板をたたいた「ペし」という音だけでなく、「ピュッ」に近い、強力な音がします。蝶番がついているとはいっても木の板に木ねじで止めてあるだけですから精度はありません。打ち合わせたときに溝や穴がちょっとずれただけで「ぺし」になってしまううえに、fは遠くから叩きあわせなくてはいけないので狙いがさだまらないし、動かし始めてから閉じるまでに時間がかかるので、いい音をいいタイミングで出すのはとっても難しいです。他の用例としてはコープランドの「ロデオ」があります(何でこの楽器のことをくどくど書くかというともちろん「ロデオ」で大変な思いをしたからです)。ブリテンの「ヤング・パーソンズ・ガイド」にも出てきますね。

*マーラーがよく使う「むち」はドイツ語でルーテ"Rute"。竹箒の先のような植物の束を大太鼓の枠などに当てて音を出します。「復活」の第3楽章だと「しゃしゃしゃしゃしゃしゃ」という感じ。「悲劇的」の第4楽章にはHolzklapperとRuteの両方が出てきます。

第2楽章は長いピアノのソロのあと、管楽器とピアノの対話が楽しいです。詳しくは、おさかな♪さんのブログhttp://blog.so-net.ne.jp/osakana2005/2005-07-27でどうぞ。

第3楽章は痛快なプレスト。たしかにこれを聴くと、「左手」は片手分だったと思えるほどピアノの音が多い。縦横無尽に疾走するピアノに対して、管楽器はハダカで対旋律、弦は和音やスケールで音を厚くする役割に徹し、あっという間に終わってしまいます。本当にあっけない。

ピアノとオーケストラは、ラヴェルが生涯かけて育み、慈しんできたジャンルで、これらの分野の彼の作品の集大成としてこの2曲がある、と思うと感慨深いです。彼の脳の病気がどういう障害をどの程度もたらしていたかは不明ですが、ひょっとしたら、その病気が、このように対照的な2曲を同時に書くことを可能にしたのかもしれない、とバカなことを思ってしまうほど驚異的な完成度の2曲です。


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コメント 2

おさかな♪

ふおぉぉぉ~、stbhさんすごい!
余裕ある爽やかな解説、引き込まれるように読ませて頂きました♪
私の記事まで紹介していただいて恐縮です。m(_ _)m
>「ピシッ」
→タイミング良く始まりますが、そんなに難しいとは知りませんでした♪
>Asus4の和音のクライマックスでピアノ降臨。かっこいー…。
→ギターで良く出てくるコードだなぁ~って思いました。
ラヴェルの曲をいろいろ聴いてみたいなぁ・・・♪
コメントが遅れてごめんなさい。また明日(今日?)も読みに来よ~っと☆
by おさかな♪ (2005-07-30 02:26) 

stbh

おさかな♪さん、いつも楽しいコメントありがとうございます。「左手」にくらべて「両手」?のほうはあまり聴いてなかったのですが、おさかな♪さんの記事を拝見したら無性に聴きたくなってしまいました。こちらもいい曲ですねぇ。「第2楽章を聴きながら、おさかな♪さんの記事を思い出してニヤニヤして運転しているの図」は、きっと対向車や歩行者から怪訝な顔で見られていたことでしょう(爆)
ほかのラヴェルの曲もぼちぼち聴きなおして、ご紹介していきます。
by stbh (2005-07-30 09:14) 

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