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Culshaw/Straight [音楽関係の雑記]

今回は録音ではないのですが、録音について多くが語られた本をご紹介します。

レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想

レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想

  • 作者: ジョン カルショー
  • 出版社/メーカー: 学習研究社
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 単行本

レコード・ファンならご存知の方は多いのではないでしょうか。かつての名門レコード会社デッカのプロデューサーとして名をはせたジョン・カルショーの回想録です。従軍経験からデッカへの入社、そして数々の艱難辛苦を乗り越えながら、今なお名盤と言われる(あるいは、消えていった)レコード製作の舞台裏がつづられています。

カルショーは1967年にデッカを離れますが、この本ではその直前の64年までの録音について触れられています(カルショーは1980年になくなっており、この原稿は未完だったそうです)。指揮者で言えばクナッパーツブッシュ、アンセルメ、モントゥーといった往年のデッカのスターたちから、カルショーに見出されたショルティ、厳格なセル、帝王カラヤン、気鋭のマゼールなどまで、有名どころの演奏や録音における、あるいは日々の生活での行動や態度、考え方が、カルショー独特の、ユーモアや皮肉を交えた表現でつづられています。

もともとカルショーは作家であり(この本ではじめて知りました)、文章を書くことが苦にならなかったようで、この本も未完ながら和書で500ページ以上の大作になっています。その中での過不足ない事実の列挙や、手に汗握るような録音シーンの描写、そして端的に描いた登場人物の人となりの表現は、自分の書いたものが読者に与える印象を計算しつくしている(思わず「xxxってこんないけ好かないやつだったんだ」と思ってしまうことも何度か)ように思えます。訳注で事実関係の誤認も指摘されており、やはりドキュメンタリーというよりは、彼の意思の入った、個人的な回想録と捉えるべきなのでしょう。

SPからLPへ、そしてモノラルからステレオへと録音技術が大きく変遷していく中で、音楽のことを知ろうともしない上層部や、気難しいアーティストたちを相手に、何とかレコードを生み出していくさまは、暴露話的なニュアンスもあり、面白く読めます。マルチトラック・レコーダーがない当時の、ばくち的な録音風景は、今では考えられません。そのほかのビジネス的なことがらも、当時は普通だったのかもしれませんが、今の目で見てしまえばどうにも非効率なことが多いです。カルショーはそれも改革しようとして、どんどん疲弊していくように見えてしまいます。

3月ごろにこのブログでご紹介したブリテンの「戦争レクイエム」の録音に関しては、数章を割いて詳述されています。彼がいかにこの曲の録音を熱心に進めたか、そして周囲がいかに無理解であったかがいやでもわかる記述は、全巻のハイライトのひとつでしょう。

残念なのは彼のデッカでの最晩年やその後の合従連衡のことが書かれていないのと、カルショーの最大の作品である「ニーベルンクの指環」については別に本があるので、ほとんど触れられていないことです。また、原書もそうなのだそうですが、視覚に訴えるもの-録音風景はもちろん、一切の演奏家・スタッフやレコード・ジャケットの写真など-がまったくないと言うのも、ちょっと味気ないですね。本来、音を聴くだけの「レコード」になぞらえているのかもしれませんが。

訳者の山崎浩太郎さんのサイトがあります。

http://www.saturn.dti.ne.jp/~arakicho/

「拙著紹介」にて紹介されています。先に進むと目次や登場する音楽家のリストもあります。また「補足資料集」があるのがありがたいです。自著をこうやってネットで補足してくださる作家は確実に増えているのでしょうが、まだまだ少数派のようです。特にドキュメンタリー・タッチで資料性の強い作品は、改版を待つまでにもタイムリーな小修正が読者はありがたいし、誠実だと思うのですが、改版の売れ行きが下がるとか、出版社の協力・承諾が得られないことが多いのでしょうか。

この本、実はHMVでも売られています。本は珍しいと感じたので、ついついリンク。http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1083881

上梓されて1年あまりなので、なかなか広まっていないのでしょうか?著作としても、資料的にも第一級のものであり、ぜひ息長く出版してほしいと思います。

また、出版されてすぐの、昨年5月に書かれた記事を2つご紹介させていただきます。

jurassic_oyajiさんのサイト
http://jurassic.exblog.jp/1676577

渡辺さんのサイト
http://www.musicking.co.jp/mt/trb_cla/archives/04_book/culshaw_ptrs.php

いずれも私の駄文よりきちんと丁寧に書かれています(あたりまえ)。ぜひご覧になってください。

☆さて、またスパムコメントやスパムTBが増えてきています。やむを得ず、英単語はかなり一般的なものについても拒否する設定にせざるを得なくなりました。拒否された方、めげずに、カタカナや日本語へ言い換えて、再度の書き込みをお願いいたしますm(-_-)m


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コメント 6

jurassic_oyaji

トラックバックとリンクありがとうございました。
こちらのブログリストにも登録させて頂きました。
カルショーの本は、増刷されたようですね。私が指摘(笑)した部分も直っていました。
by jurassic_oyaji (2006-07-17 17:47) 

stbh

jurassic_oyajiさん、ご来訪とコメントありがとうございます。増刷の情報もありがとうございます。訳者さんのサイトに「増刷用修正項目一覧」というのもありました。誤りが多すぎてやむを得ず増刷、というのではないようで、めでたし、めでたしです(^^
今後ともよろしくお願いいたします。
by stbh (2006-07-17 20:45) 

吉田

stbhさん、こんばんは。
カルショーで思い出すのは、「神々の黄昏」の録音風景です。ショルティが演奏しているところにカルショーが注文をつけます。「もっと遅いほうがいい(速いだったかな?)」と言うとショルティが「あなたは罪深いヒトだ」と応酬するのです。丁々発止でありながら、ユーモラスなやりとりだったことを思い出します。
by 吉田 (2006-07-17 22:16) 

stbh

本書では、ショルティがリハーサル中にしゃべりすぎると感じたカルショーが、リハーサルのテープを聞かせて、矯正したというエピソードがあります。一心同体と言うか、お互いに必要と認め合っていたのでしょう。ショルティは、結局最後までデッカから鞍替えしませんでしたね。
by stbh (2006-07-18 00:09) 

おさかな♪

デッカって確かビートルズをオーディションで落としたことでも有名・・・?(笑)
by おさかな♪ (2006-07-20 12:47) 

stbh

おぉ~、さすがおさかな♪さん、よくご存知ですね。まさにそのとおりです。実はこの本でもそのことは触れられています(361ページ)。「デッカは新しい音楽の波に乗り遅れた」ことを象徴する出来事ですね。
by stbh (2006-07-20 22:15) 

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