Bruckner/Sym4 [交響曲(独墺系)]
同じ曲が3回目になってしまいましたが、版違いということでお許しください。
昨年スコアが発売され、今年7月に日本で世界初演が行われた「コースヴェット版」による演奏、その世界初演のライヴが既にCDで出ています。Amazonで扱っていないので、例によってHMVのページ。買ったのはタワレコでなんですけどね。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1443348
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』(第3稿)
東京ニューシティ管弦楽団、内藤 彰(指揮)
2005年7月5日、池袋、芸術劇場(ライヴ録音)
前回、弟子によるとされる「改訂版」をご紹介したときにちょっと触れましたが、ブルックナーの作品は、ブルックナー自身の改訂による、「稿」と呼ばれる状態が複数あるだけでなく、弟子が手を入れたいわゆる「改訂版」があり、この「改訂版」がまず出版されることが多かったため、いっそう事情が複雑になっています。
ノーヴァクによる全集では、第3交響曲は「改訂版」に基づいた稿を「第3稿」として入れたのに対し、同様な経過を経ている第4交響曲の「改訂版」は、「ブルックナーは出版は許したが自作として認めていない」という判断でオミットしています。今回の「コースヴェット版」は、「改訂版」をもとに校訂を行ったもので、部分的な省略など大きな構造は「改訂版」を踏襲しています。
実は第3交響曲の「第3稿」も「改訂版」といえる内容であり、ばさばさ大事なテーマが切られていたり、ブルックナーの手によらないパッセージがあったりして手の入り方は第4の「改訂版」と大差ありません。それなら、ブルックナーの名前で出版されているのだし、「改訂版」をきちんと見直せば(出版時のミス等を修正すれば)ブルックナーの作品と言えるのではないか、というのが基本的なスタンスでしょう。
というわけで、この稿は「第4交響曲第3稿(BAND IV/3)」として全集の一環としてすでに出版されています。「改訂版」とは違う、ということでしたが、楽譜もなく聴いただけでは明らかな違いを指摘することはできませんでした。たぶんffとfffが違うとか(ノーヴァクが言及しています)、スタッカートが点か楔形かとか、和音の音の一部が違うとか、そいういうことなのではないでしょうか。
この録音の一番の意義は、もちろんコースヴェット版の世界初演の記録である、ということにあるのですが、もうひとつ大事な、というかありがたいことは、これまで古い録音でしか聴けなかった「改訂版」が、よい録音で聴けるということだと思います。特に第1楽章は、ブロックごとのテンポやフレージングを統一した構造的な演奏と比較すると、テンポや強弱の変化に富んだロマンティックな、聴きやすい演奏になっていると思います。
第1楽章で特徴的なのは、クナの録音のときにも書きましたが、主音(Es-B)以外のティンパニのロールが何箇所か入っていることです。ティンパニの音の制限は、手で皮の張力を変えて音程を決める「手締め」の楽器を使う以上、止むを得ないものですが、19世紀後半からチェーンを介してハンドルで全部のねじを同時に締めたり緩めたりできるようにしたものや、現代の主流である、ペダルで張力を調節するものなどの「機械式」の楽器が普及してきました。
モーツァルトやベートーヴェンの作品では楽章中の音変えはありませんし、楽章間の変更も、ベートーヴェンが最初ではなかったかと思います。ベルリオーズの「幻想」や「レクイエム」は数多くの音程を使うためにたくさんのティンパニを順番にたたかせています。ワーグナーも急速な音変えは要求していません。もっと時代が下がっても、例えばブラームスやチャイコフスキーの作品も基本的に手締めで演奏できるようになっています。機械式のティンパニの恩恵を本格的に活用したのは、リヒャルト・シュトラウスが最初ではないかと思います。「薔薇の騎士」のワルツなどが代表的ですね。
積極的にティンパニの音を変えることが使われた代表的な曲としては、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」があります。第4楽章にヴィオラの旋律をハープとティンパニだけで伴奏するところがあって、まるでコントラバスみたいに自由な音程が使われているのですが、これだけの数の楽器を用意するわけではありません(^^; また第5楽章にはポルタメント(ロールを叩いている途中に音程を変える)が裸で聞こえてくるところがあります。
なんかいつにも増して脱線してしまいましたが、ブルックナーは第3、第4ではもともとティンパニを主音と属音の2個しか使わず、また楽章中で音程を変えることはまれでした。それが第7、第8のころには楽章中でも音を変えるようになり、第8の最終楽章コーダは楽器を4個使わないと演奏できないようになっていて、ブルックナーのオーケストレーションの変遷がわかります。そして、第3の第3稿はティンパニを3個使い、楽章中に音程を変えるようになっているのです。この稿を指して「後期の様式に変わっている」という解説をご覧になったことがあるかと思いますが、例えばこんなところが違うのですね。
で、第4もこの第3稿はばりばり音を変えています(ああ、やっと戻れた)。ベートーヴェンやブラームスでも音を増やすことが昔はよくありました(例えばブラームスの第1交響曲の代表的な録音といわれるミュンシュ/パリ管など)が、どうなるかというと、その和音では音が厚くなり、迫力が桁違いに増すのですが、主調(あるいは属調)になったときのありがたみ(おお、お帰りなさい)が逆に薄れてしまうのです。
まあ後期ロマン派の転調バリバリの音楽でティンパニを主音だけに限定するのはナンセンスですが、ではブルックナーはどうか。私は、様式が統一されていればどちらでもよいと思います。ハース、ノーヴァクによる原典版に、第1楽章再現部の少し前のト長調のコラールだけティンパニを追加した録音もいくつかありますが、だったら、この改訂版をそのまま全部やればいいのに、と思ってしまうのです。
ティンパニについて書きすぎましたね(^^ゞ 第2楽章は基本的に楽器法の変更だけのようです。例えば、4小節の弦楽合奏のフレーズの3小節目だけ木管に移したりということが行われています。変化があって面白いととるか、形式がそこなわれるととるかは聴き手しだいですから、少なくとも選択肢が増えたということは良いことではないでしょうか。
第3楽章、第4楽章のカットについては前にも言及しましたので「まだ慣れないなあ」と、正直な感想を述べさせていただきましょう。第3楽章のコーダのティンパニも、第2稿まではロールだけなのですが、第3稿はいろいろ叩いていてリズムが強調されています。第4楽章のシンバルも、第2稿にいきなり入れられると違和感ありありですが、他の部分もここまで変更されていると落ち着くような気がします。
この曲を最初にこの版で聴いてしまったら、原典版はつまらなく聞こえるかもしれませんね。バッハの「原典版」のように、それをもとに奏者が自由にリアリゼーションをするという1900年前後のスタイルがブルックナーにふさわしいと考えれば、この第3稿は「実用版」といえるのではないでしょうか。個人的には、「これ(第3稿)が本来のブルックナーだ!」と言い切るには、原典版の様式が抜けないのですが。ま、「どっちもアリ」という玉虫色の結論でご勘弁を。
機械式ティンパニとR・シュトラウスやバルトークの「オケコン」、なるほどと納得がいきました。分かりやすい説明で、勉強になりました。
ふだん何気なく聴いていますので、「ああ、そうだったのか」とよく分かりました。
あ、ブルックナーのコメントでなくてスミマセン。
by mozart1889 (2005-12-05 10:38)
mozart1889さんこんばんは。コメントありがとうございます。
オケコンはペダルを踏んで音をかえる「ペダル式ティンパニ」でないと歯が立ちません。特にこの曲は音替えが頻繁なので、椅子に座って、両手で撥を持って、両足でペダルを踏み込んだり緩めたり(ペダルのロックをはずすとバネで自動的に低音側に行くようになっています)するので、体を支える部位がおしりだけになってとても不安定です。DVDとかテレビ放送とかあったら、ぜひ、目立つけれど下手をすると椅子から落ちそうなティンパニ奏者を見てあげてください(^^;
by stbh (2005-12-05 21:19)
2008-2009シーズン
ブルックナー交響曲第4番
サンフランシスコ交響楽団
クルト・マズア指揮
"Kurt Masur leads the Orchestra in the first week of Sofia Gubaidulina’s Phyllis C. Wattis Composer Residency in February. Long a supporter of Ms. Gubaidulina, Masur will lead the Orchestra in the U.S. premiere of an SFS commission by her and in Bruckner’s Symphony No. 4, Romantic."
by サンフランシスコ人 (2008-03-04 08:06)
マズアのブルックナーも聴きがいがありそうですね!
by stbh (2008-03-05 18:41)
2008-2009シーズン、クルト・マズアはニューヨーク・フィルハーモニックに出ないと思います。
by サンフランシスコ人 (2008-03-06 08:07)
今月NYPでマタイを振る、という記事を見ました。
by stbh (2008-03-08 18:00)
「2008-2009シーズン、クルト・マズアはニューヨーク・フィルハーモニックに出ないと思います。」
来シーズンの事です。
by サンフランシスコ人 (2008-03-09 04:15)
言葉足らずでした。もちろん「今シーズンはマタイを振るのですね」という意味で書きました。
by stbh (2008-03-11 18:21)