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Bruckner/交響曲第9番 [交響曲(独墺系)]

 ぼやぼやしてたら2月になってしまいました。今回聴いたのはこちらの録音です。

ブルックナー:交響曲第9番

ブルックナー:交響曲第9番

  • アーティスト: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 アーノンクール(ニコラウス), アーノンクール(ニコラウス), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, ブルックナー
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2005/01/26
  • メディア: CD

解説などはこちら↓のリンクの方が詳しいので、あわせて貼っておきます。このリンク先は「在庫切れ」ですので、購入をお考えの方はぜひ上のリンクを(^^;

ブルックナー:交響曲第9番

ブルックナー:交響曲第9番

  • アーティスト: アーノンクール(ニコラウス), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, ブルックナー
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2003/09/25
  • メディア: CD

 

2002年のザルツブルク音楽祭のライヴと書かれています。アーノンクールが契約していたテルデックがこの演奏会の10日前にクラシックからの撤退を発表したにもかかわらず、ウィーン・フィルの自主活動として録音され、最終的に彼のRCA移籍第1弾として発表されたものでした。アーノンクールはテルデックに第3、4、7、8番を録音していますので、ブルックナーの交響曲としては5曲目の録音ということになります。

この録音の元になっている演奏会の特徴は、前半が、アーノンクールの解説と、ウィーン・フィルによる残された第4楽章の草稿の演奏、後半が、完成された第1~3楽章の演奏という構成になっていることでした。CDもこれを踏襲し、1枚目が第4楽章、2枚目が第1~3楽章となっています。2枚目だけハイブリッドSACD盤となっていることからも、1枚目はいわば「講演記録」であり、「音楽作品」としてとらえることができるのは2枚目のみと考えるべきなのでしょう。

1枚目はいずれもアーノンクール自身の語りで、ドイツ語と英語で(たぶん)同じ内容が収録されています。それぞれ約35分かけており、ブルックナーの残した草稿の(他人の手が入っていない)状態の演奏が収録されています。拍手や雑音が入っていないのでわからないのですが、演奏会では、ドイツ語の回と英語の回があったのでしょうか?いずれも比較的ゆっくりでわかりやすい語り口なので、音楽用語があらかたわかれば、聞いただけで理解することも可能だと思いますが、正確を期するのであれば、日本語訳や解説の充実している国内盤がお勧めです。

私がこの盤を買ったのは、もちろんこの1枚目が目当てでした。本来のブルックナーの書いた音はどのようなものかというのを聴きたかったからです。このCDの演奏は、1994年にMWV(「国際ブルックナー協会」によって設立された、いわゆる「協会版」の出版社)から出版されたフィリップス校訂の"Symphony No. 9: Finale fragment"に拠っていますが、このCDを聴く限りは、オーケストレーションの完成度はかなり高いです。

オーケストラの曲はいきなりフルスコアで書かれるわけではなく、まずスケッチや簡易スコアのかたちで「作曲」されて、その後オーケストレーションをする、という過程で作られます。これも未完成で有名なマーラーの「第10」は、4段の簡易スコアはすべての音が書かれているわけではないものの最後まで書かれており、オーケストレーションは第1楽章の大部分と、第2・3楽章の一部が残っている状態でした。したがってブルックナーの場合も、オーケストレーションがこれだけできているということは、彼が第4楽章をすでに「作曲」していたのではないか、と想像されるのが自然だと思われます。

しばらく前までのCDの解説などでは「コーダは作曲されなかった」という記述がありますが、ポツポツと「草稿」がアメリカなどで発見されていることからも、「ブルックナーは作曲を終えていた」のだ、というのがこの企画の拠って立つ認識のようです。アーノンクールはさらに「オーケストレーションは作曲の後の単なる作業で、あと2ヶ月生きていたら第4楽章を完成できたろう」ということを言っています。またブルックナーの死後、周囲の人が勝手に彼の草稿を持ち出したため、作曲されていたはずの作品が無くなってしまったという推測も述べています。これがもし真実だとしたら、非常に残念なことですね。彼の周囲の人が、いかに(本質的に)彼の音楽を理解していなかったか、ということを如実に表すできごとだと思います。

これまでの補筆完成版ではどうにも隔靴掻痒の感をまぬかれなかった原因は、ひとえにこの曲、そしてこの楽章の革新性にあるといえます。「どんな転調でもできる」と豪語していたというブルックナーが、その持てるものを全て注ぎ込んだといえるこの曲は、古典的な和声論では処理しきれない大胆な転調や不協和音を多く持っています。スコアを見ると、本来不必要なはずの本位記号(ナチュラル)が山のように書かれていますが、これも、ブルックナーが大胆な和声について誤解を招かないように書いたものかもしれないと言われています。それだけ前衛的で、これまでの彼の作品や当時の作曲技法からの類推では補筆しきれないものだというこのなのですね。第4楽章のブルックナーの残した部分だけを聴くと、全てを聴いてみたいという、かなわぬ願いがいっそう募ります。

 さてCD2枚目の第1~3楽章は、コールズ校訂による2000年発刊の新版に拠っています。私はこちらのスコアも未入手なのです(すみません)が、他の交響曲と違って第9は(レーヴェ版を除けば)他人の手が入っていないため、ハース(オーレル)版、ノーヴァク版とも、そう大きな相違はなさそうです。とはいえ、アクセントやスラーの有無、微妙な強弱や標語の違いなどはあると思いますが、聴いた限りではわかりませんでした。

「アーノンクールのブルックナー」ということで実はちょっとひるんだのですが、フタを開けてみればかなりオーソドックスな解釈で、たっぷりとしたテンポと明確なリズムが心地よい演奏です。ウィーン・フィルが例によって必ずしも正確無比ではないアンサンブルなのですが、それがテンポのはっきりとしたアーノンクールの解釈とよいバランスになっているようにも思えます。

「オッ」と思ったのは第2楽章。"Schnell(速く)"と書かれた嬰へ長調のトリオは3拍子の主要主題と2拍子の副主題からなり、副主題をややテンポを落としてゆったりめに演奏するのが通例なのですが、ここでは主要主題と同じ快速テンポで演奏されています。もちろんスコアにテンポの変更は指示されていませんので、ブルックナーの指定に忠実なのはこの演奏なのです。いささかメランコリックな副主題をヒステリックとも言える高速で演奏することで、不安げな第2楽章の息抜きが無くなってしまい、かなりの緊張を強いるのですが、これを聴いてしまうと従来の解釈が生ぬるく思えてしまうから不思議なものです。

SACDレイヤーでなくCDレイヤーを聴いただけですが、録音も非常に優秀なようです。車の中で聴くと音量調節を頻繁に行わなければなりません。ぜひ、リスニングルームでどっぷり音の洪水に浸かって聴いてください。


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